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History
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ギネス記録に挑戦した異色のローテクパイク
ディーゼルエンジン搭載のエンフィールド・ロビン
様々な記録が収録されたギネスブックに『イギリス1周低燃費記録』というものがある。この記録に過去3回挑戦してきたチームが、初めてパイクを使い記録更新にトライした。エンフィールド・ロビン、ディーゼルエンジンを搭載した珍しいパイクが彼らのマシン。
全行程約6,000kmに及ぶ過酷なフィールドに、彼らはどのように挑んだのだろうか。エコロジーが叫ばれる今日、低燃費というキーワードが大きくクロースアップされる。
私達「マッドサイエンティスト&クレイジーカイズ十ノーティレディス」は、ギネスブックの『イギリス1周低燃費記録』に挑戦してきた。88年にトヨタS800で初挑戦、92年には元F1チャンピオンのデニス・ハルムが加わり、ホンダシビックETiで27.93km/Lというガソリンエンジンクラスの記録を樹立、ギネスブックから念願の認定書が発行されている。翌93年には故ブルース・マクラーレンの娘アマンダが加わり、同じシビックで30.42km/Lまで記録を更新し2枚目の認定書を手にした。だが、シャレード・ディーゼル・ターボの36.54km/Lという総合記録を更新するには、無改造のガソリンエンジンではどうしても無理だった。このようにクルマで挑戦を続けてきた私達だったが、ふとしたことがきっかけで、4回目のギネス記録更新にバイクで挑戦することになったのだ。それは93年の挑戦がゴールを迎えようとした頃だった。立ち寄ったサービスエリアで、私はイギリスの雑誌「Diesel
Car」を手にした。ガソリンエンジンでディーゼルに立ち向かってきた私達は、ディーゼルの知識にも大きな興味があったからだ。手にした「Diesel
Car」には、実に興味深い記事が掲載されていた。それこそがディーゼルエンジンを搭載したバイク、エンフィールド・ロビン。その存在を知った瞬間、「これだ!!」と閃くものがあった。このときから、私の心は次なる挑戦に胸を膨らませることになったのだ。
ギネスブックの『イギリス1周低燃費記録』のレギュレーションには、「Vehicle
must be standard production」とある。これは広く乗り物を対象にすることで、クルマに限定しているわけではない。もちろんバイクも含まれる。ただ全行程約6,000kmを180時間以内にバイクで走れるとは誰も考えなかっただけなのだ。小排気量で小型軽量なバイクは、燃費に関してクルマより圧倒的に有利だ。それがディーゼルエンジンであるなら、そのメリットはさらに大きくなるはずだ。エンフィード・ロビンの存在を知った瞬間から、記録更新を指す私達は、バイクによる挑戦をひたすら夢見るようになっていたのだ。
さて、エンフィールド・ロビンについてご紹介しよう。イギリスのロイヤルエンフィールド社が消滅した後も、インドのマドラスにあった子会社エンフィールド・インディア社は生き残った。ここで今も年産されているのが、,50年代の名車ブリットだ。これはもちろんガソリンエンジンを搭載している。イギリスのノーザンプトンにあるレッドブレスト・エンジニアリング社が、富士重工製の汎用ディーゼルエンジンを搭載し販売しているのがエンフィールド・ロビンだ。空冷412cc単気筒エンジンは、最高出力8.5ps/3,400rpm、最大トルク2.0kg-m/2,400rpmを発揮し、乾燥重量190・のボディを最高速度110km/hで走らせる。カタログによる燃費は60〜70km/Lという優秀さだ。このエンフィールド・ロビンを生み出したのはアーニー・ドーセット氏だ。彼はディーゼルエンジン搭載のバイクを製作しようと、ロビンブランドの富士重工製エンジンを販売していたレッドブレスト・ディベロップメント社を訪ねた。そこで社長のポール・ホルズワース氏と意気投合しレッドブレスト・エンジニアリング社を設立。バイクビルダーという新分野に乗り出すことになった。記念すべき1台目は、古いマチレスのフレームに300ccエンジンを搭載したものだった。その後、アンダーパワーを補うための412ccエンジンを搭載した数台が製作されたが、生産中止されたマチレスのフレームは簡単に入手できるものではない。
そこで目を付けられたのがエンフィールド・ブリットだった。インドからエンジンレスのブリットが輸入され、レッドブレスト・エンジニアリング社のファクトリーで分解される。数値制御の加工機械で再加工し各部の工作精度を高めるのが目的だ。そしてロビンエンジンとドッキングされる。エンジンと別体式になっているギヤボックスも、エンジンの換装には好都合だった。エンフィールドロビンによる挑戦計画を進めるに当たり、私はまず富士重工とレッドブレスト・エンジニアリング社に手紙を書いた。
富士重工業産業機器部門からの返事は、自社製エンジンがバイクに搭載されていることさえ初耳というものだった。だが、対応はとても好意的で、充分なサポートはできないが、エンフィールド・ロビンを発注し無償貸与してくれることになった。レッドブレスト・エアリング社のホルズワース氏も、ギネスの『イギリス1周燃費記録』の存在を知らなかった。だが、可能な限りの協力をしたいという返事が戻ってきた。残る問題は生産台数が極めて少ないロビンを、ギネスブックがスタンダードプロダクツと認めてくれるかどうかだ。これはホルズワース氏がギネスの編集部に問い合わせてくれ、何の問題も無いと了承を得ることができた。カタログもあり誰にで可能なら、まったく問題はないらしい。
『イギリス1周低燃費記録」というのは、グレートブリテン島を時計回りに1周する全行程約6,000km指定コースを、いかに少ない燃料で走破できるかという記録だ。所要時間も決められていて,120時間から180時間で走破しなければならない。私達はクルマで挑戦した過去の経験から、24時間で1,000kmを走り、1,000km毎に走行チームを交代させるスケジュールを立てた。私自身はふたつのチームをコントロールするオーガナイザーとして参加。実際の走行スケジュールや宿泊の手配、その他すべての雑用を担当することになった。チームメンバーは、AチームにはDiesel
Carにロビンの記事を書いたピーター、全英マチレス/AJSオーナースクラブ会長のレズリー、オランダから参加のキース、そしてゴードンら4人。Bチームには88年と92年にも参加している加藤文之、バイクショップ・ダウントンの前田進、ヨーロッパツーリングで渡欧していた伴津留代、それにエンフィールド・ロビンの生みの親アー二一を加えた4人を配置することになった。それぞれのチームにはサポートカーも帯同する。
出発地点となるパレスピア前にチームスタッフが勢揃いし、スタートの瞬間を迎えたのは95年6月22日のことだった。シャシーナンバーD-46が記された私達のロビンは、チームカラーのパパイヤオレンジに塗られていた。私達が今回の目標値にしたのは70km/L、シャレード・ディーゼル・ターボが持つそれまでの総合記録の2倍に相当する数値だ。新記録達成のためフリクション対策に組立にはマイクロロングリースを、エンジンとギヤボックスにもマイクロロンが添加された。タイヤは真円度と信頼性を高めるためにダンロップのF11を装着。だが、提供されたタイヤサイズはスタンダードより幅が広い。外周では同じ数値との説明を受けてはいたが、実際には2.6%の誤差が生じることが分かっていた。ギネスが補正した数値を受け入れてくれるかどうか、一抹の不安を抱いてのスタートということになった。
ブライトン市長のシーラ・シャーファー女史の出発を証明するサインを貰い、スターティングライダーの伴嬢が第1チェックポイントのジョン・クーパー・ガレージヘと向かった。こうして私達の挑戦は始まった。燃費を稼ぐためには、55〜60km/hで走行するのがベストだ。だが携帯電話で入る情報では、各チームのぺ一スが速すぎる。加藤君以外は初挑戦なので、燃費を稼ぐより時間的な制約が気になっているようだ。それに風に晒されて走るバイクは疲労の蓄積が想像以止に大きく、深夜に休息を取るよう指示を出さざるを得なかった。約6,000kmに及ぶ指定コースは、変化に溢れた風景の中を走る。とくにコンウオール半島、ウェールズ、スコットランド北部は素晴らしい。今回、雨には1回も遭わなかったのは幸運だったが、6月にもかかわらず寒さには悩まされた。それが休息の指示につながったのだが、こうしたぺ一ス配分で合計8時間ものロスが生じてしまった。それでも6月28日の午後にはゴールまで100kmを残すばかりのオールドロムニーに到着。全員が顔を合わせることができた。
ライダーに疲労が溜まったように、ロビンにもトラブルが生じていた。行程の半分を過ぎた頃から、インド製ギヤボックスからオイル漏れが始まっていたのだ。アーニーによればロビンではよくあるウイークポイントだという。距離を重ねるにつれ悪化したオイル漏れだったが、ロビンを知り尽くしたアー二一のアドバイスに従い、修理をせずオイルを継ぎ足しながらゴールを目指すことになった。これ以外にトラブルは発生していない。それも当然のことだ。バイクで6,000kmを走れば相当なものだが、汎用エンジンとしてはひと月分程度の仕事量でしかない。ロビンのエンジンはそれほど頑丈無比なものだったと言えるだろう。
最後はアーニーの手でフィニッシュを迎えることになった。シャーファー市長から到着を証明するサインを喜びのうちに貰った。今回、私達が記録した数値は、5776.8kmを走行して83.32Lを消費、平均燃費にして69.33km/Lというものだった。AAがロビンをテストして2.6%の誤差を証明してくれ、これをギネスブックに申請することにした。これが受理されて71.18km/Lという認定書が発行され、97年度版に総合記録として掲載されることになった。だが、全行程を詳細に綴ったログブックには、多くの反省すべき点が見受けられる。これを元に3チーム体制で再挑戦すれば、同じロビンで80km/Lを狙うことも可能だ。今後、いかなる自動車メーカーがどのようハイテクノロジーを投入しても、私達の記録を破ることは難しいだろう。そんな記録をローテクなロビンで樹立してしまったのだ。技術的に絶対はあり得ないが、今後30年間は更新されない記録だと思っている。この『イギリス1周低燃費記録』は、ギネスブックの中でもエコロジーに貢献できる意義あるものだと思っている。世界で最もエコノミーな乗り物の戦いに全自動車メーカーを巻き込むことが、私の基本的な意図でもあるのだ。総合記録は無理でも、シビックETi
のガソリンエンジン記録なら十分に可能だろう。その一方で、今回の挑戦が決まってから中型免許を取得した私だが、バイクの魅力や実用性を明確に認識することができた。次回の挑戦には是非ともライダーとして参加したいと思っている。
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