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Miyano
Shigeru
"Mad Scientist" Profile
I1990年4月
有限会社プロジェクト・マッドサイエンス設立。
代表者 宮野 滋は、本業の医師としての仕事を続けながら、'83年より自動車雑誌に記事と写真を発表してきました。医師より小説家として成功した先例は数多く、又、マンガ家として頂点を極めた手塚治虫、F1ドライバーとなったジョナサン・パーマーの例もありますが、フリーのモータージャーナリストと医業を両立させた例としては初めてであります。
単なるジャーナリストに終らず、興味を持った燃費の世界では、'85年〜'87年にコンチネンタル社の特殊タイヤをホンダのチーム1200に供給し、シェルマイレッジマラソン(鈴鹿サーキット)での3年連続優勝と2,268km/lの世界記録を樹立するサポートを行いました。
又、自らのアイデアで、トヨタS800でイギリス1周燃費記録に挑戦し、20.33km/lのガソリンエンジン記録でギネスブックに載りました。この時のチーム名マッドサイエンティスト&クレイジーガイズが、社名プロジェクト・マッドサイエンスの由来となっています。
'67年のF1チャンピオン、デニス・ハルム氏をクラシックカーレースで走らせたり、'62年ル・マン優勝マシン、フェラーリ330TRIを走らせ、 取材するという常識を超える事を実現させました。
ヨーロッパの著明なコレクターやドライバーにもコネクションを作り上げ、多数の友人達のネットワークも有ります。
熊本市という地方都市の開業医という本業により、大きな時間的、又は地理的なハンディキャップを持つようですが、電話とファックスそれにタイプライターがあれば、東京を経由する必要もなく、ヨーロッパを始めとする世界中とコミュニケーションができ、地方都市であっても友人関係や患者関係で、いつでも英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、フィンランド語、中国語、韓国語等を母国語とする外国人の協力を得る事ができます。
「医者の道楽」とは言えない様なスケールの仕事を実現させる為に有限会社プロジェクト・マッドサイエンスを設立させました。バックヤード(裏庭)カンパニーならぬ、クリニックヤードカンパニーとでもいうべき3人のスタッフによる小さな会社ですが、マッドサイエンスの名に恥じぬ、誰もが驚く様なスケールのプロジェクトを実現いたします。
- 宮野 滋 プロフィール
1953年 1月17日生れ 熊本市出身
- '71年 4月 久留米大学医学部入学
- '78年 3月 久留米大学医学部卒業、医師国家試験後渡欧し、初めてのレースとしてモナコGPを観戦。
- '83年より FLYING、Mr.McCOY、ル・ボラン、Car Graphic、Car Magazine等に記事と写真を発表。
- '84年10月 マリーズ・マロニエとパリで結婚。
- '85年 5月 帰国
- '85年 9月 「宮野内科小児科医院」開業。
鈴鹿サーキットで行われる、シェル・マイレッジマラソンに参加する本田技研鈴鹿製作所のチーム1200に、ドイツ・コンチネンタル社の特殊タイヤを供給。'85・'86・'87年の連続優勝と'87年の977.0km/lの日本記録、'88年イギリス・シルヴァーストーンサーキットでの2268km/lの世界記録樹立をサポート。
- '88年 6月 チーム・マッドサイエンティスト&クレージーガイズを結成。
ドイツ人3名、日本人2名、イギリス人1名の計6名でイギリス1周燃費記録に挑戦。5,757kmを143時間15分で走り、トヨタS800で、20.33km/lのガソリンエンジンクラス記録を作り、ギネスブックに載る。(CG'88年9月号)スターレット・ディーゼルは、23.55km/lで、ディーゼルクラス歴代2位。
- '89年 6月 '67年F1チャンピオン&'68・'70年 Can Amチャンピオンであるデニス・ハルム氏をニュージーランドより招き、ドイツのニュルブルクリンク・サーキットでのクラシックカーレースにホンダS600('64年製)とマクラーレンM8F('71年製)でエントリーするプロジェクトをプロデュース。(Car
Magazine誌'89年9・10月号)
- '89年12月 第2次マッドサイエンティスト&クレイジーガイズ結成。
トヨタS800とスプリンターディーゼルで、青森→人吉 高速道2,004kmを走り、トヨタS800 24.5km/l、スプリンターディーゼル31.5km/lの記録を作り、ギネスブックに申請。このプロジェクトは、TKUテレビ熊本が'90年1月4日1時間の正月番組「走れヨタ8列島縦断2,000km」として放映。
- '90年 4月 三樹書房より「ホンダ・スポーツS360-S800M」を刊行。
小林章太郎氏(CG総局長)、久米是志氏(前ホンダ技研社長)、中村良夫氏(元ホンダF1監督、現FISITA世界自動車技術者会議会長)等の各氏と共著。
- '90年 6月 デニス・ハルム氏をフランスに招き、著明なフェラーリ・コレクター、ピエール・バルディノン氏を取材。バルディノン氏のプライベート・サーキットでハルム氏の運転により、'62年ル・マン優勝車330TRIと'69年の312Pを走らせ取材。(Car
Magazine誌'90年8・10・11月号)
〒860 熊本市南坪井町3-7 宮野ビル TEL.096-352-4517 FAX.096-353-2844
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